レイシズムとは何か

レイシズムについて考えた。
きっかけは、2021年11月の全青司東京全国研修会では「反差別の理論と実践~自由かつ公正な社会への道を問う~」の分科会を受講したことだ。
講師の梁英聖(りゃんよんそん)さんは、政治家や極右のレイシズムを調査・分析する日本初のヘイトウォッチNGO「反レイシズム情報センター」の代表で、近著に「レイシズムとは何か」(ちくま新書)がある。

以下、上記研修会と書籍のレポートを書かせていただく。

レイシズムとは「人種差別」や「人種主義」と訳される。戦後国際社会で作成・採択された人種差別撤廃条約の内容は、
第1にレイシズムを社会がなくすべき悪であるとし、
第2にレイシズムを締約国が立法を含めたあらゆる手段で撤廃することを義務付け、
第3に特に危険なレイシズムの差別煽動と極右を法律で処罰すべき違反行為・犯罪と規定するということだ。
この条約はまさにレイシズム「撤廃」を義務付けており、禁止法を含めたあらゆる手段を用いることを求めている。

梁さんは、このような差別を止める効果、とりわけ加害者の差別する自由を規制する効果を「反差別ブレーキ」と呼ぶ。

対して、加害者が差別する自由を作り出し、その自由を行使して差別行為や暴力あるいはジェノサイドを実行させる行為を持つ社会条件を「差別アクセル」と呼ぶ。

そして、梁さんは、どんな条件が差別アクセルとなり、どんな条件が反差別ブレーキとなるかを分析することで、差別を実際になくす道を拓くことができると言う。

しかしながら、日本では、反差別の社会規範が確立されておらず、無意識的な差別が蔓延している。
レイシズムに向き合う際に大切なのは、「差別アクセル」の行為を具体的に止める必要があるが、日本の反差別は、何が差別で何がそうでないかの基準を、マイノリティの被害者の告発や証言に依存してきた。

たとえばヘイトスピーチ街宣に対して、「社会が闘うべき差別だから否定する」ということでなく、「被害者が傷つけられているから」とか「被害者が反対しているから」という理由を重視しようとする傾向がある。

このように何が差別で何がそうでないのかという基準を、法や規範として打ち立てようとする責任を避けて、被害者の告発や証言に依存する日本型反差別は、被害者に寄り添うと同時に加害者と対話することを重視する傾向があると言えよう。

つまり、本来なら言論の自由を守るためにレイシズムと闘わなければならないのに、言論の自由と差別禁止が対立する特殊な構造に陥ってしまったのだ。
2016年に施行されたヘイトスピーチ解消法でも、不当な差別的言動は許されないとして国の責務、自治体の努力義務として相談体制の整備や教育、啓発活動の実施を求めているが、表現の自由を侵害する恐れがあるとして、禁止規定や罰則はないのだ。

差別をなくしていくためには、「差別アクセル」を公の場からはっきりと除いていかなければならないが、日本は人種差別撤廃条約に1995年に加入しているものの、それに基づく差別禁止法が制定されていない。

梁さんは、一向に差別を取り締まる法令を定めない政府に対して「もうこれ以上、マイノリティの被害と歴史を消費してほしくない」と訴える。

差別を煽動する政治家に対しては落選運動を行い、差別を禁止する明確な法整備を求めるといった具体的行動が必要だと檄を飛ばす。
これに私がどう応えるか、行動が求められている。

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西村 直樹

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